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ロシアとアメリカの類似性

―司馬遼太郎著『ロシアについて』を読んで

の考察です。


隣の国なのに、

われわれはロシアについて、あまりにも無知だ。

知らないから誤解が生まれ、誤解は猜疑となり、

不信感が泥のようにこびりつき、

いつまで経っても互いの距離は縮まらない。


政治家はロシアと聞けば「北方領土返還」と条件反射のように言うが、

われわれと彼らの関係はそれしかないというのか。


太平洋戦争の終盤、

ソ連は日本が降伏する直前に参戦し、

火事場泥棒のような形で北方領土を奪っていった。


北海道を丸ごと取られた可能性もあったらしく、

北方四島で済んだのはむしろ幸運だったとも言える。


戦争を知る世代にはこの時の恨みがある。

加えて悪の権化のように喧伝されていた

共産主義国家ソ連のイメージが重なり、

「北方領土返せ!」の連呼となる。


しかし、冷静に考えれば、

戦争に負けて取られたものをただ

「返せ、返せ」と言うだけでは何も解決しないのは自明である。


武力で領土を拡大してきたロシアが、

周辺国や民族の「返せ」という声に応えていたら、

国が崩壊してしまうのだ。


北方領土に対する権利を主張し続けるのはいいとして、

本当に返還を実現したいなら、相手の立場を考え、

双方にメリットのある提案をしなければならない。

それが大人の判断というものだが、

それをしてこなかったところに、

彼の国との距離を感じるのである。


しかし、ソ連は崩壊し、冷戦構造も消えた。

これからはもっとロシアを知り、つながりを強めるべきだ。



個人的には、ロシアという国にはたとえようのない魅力を感じている。

音楽でいえばチャイコフスキー、ラフマニノフ、

ムゾルグスキーといった作曲家がいる、


文学ではゴーゴリ、ドストエフスキーがいる。

それらの作品から感じられるのは、すさまじいまでの才能である。


ヨーロッパほど洗練されていない代わりに、

荒削りの大胆さ、究極を希求して止まない情熱、

懐の深いロマンがある。

広大な大地から受け取った霊感とも言えるような力を感じる。

天才を生む土壌があるのだ。


余談をさらに拡張する。

第二次世界大戦後、

アメリカとロシア(ソ連)が二大強国になったのはなぜか。

誰もその説明をしない。

当たり前だと思っている。

その当たり前のことを改めて考えてみよう。


この二つの国にはいくつかの共通点がある。

第一に国が若いこと。

アメリカがイギリス本国から完全に独立したのは一八二三年、

モンロー大統領によるモンロー宣言からで、

まだ二百年も経っていない。


一方ヨーロッパの東のはずれの一公国にすぎなかったロシアが、

モンゴルの遊牧民国家を鉄砲によって駆逐し、

シベリア全土を制圧したのは一七世紀半ばのことである。



第二に広大な領土を持っていること。

土地というものは、

人間の才能になにがしかの関係を持っている、と思われる。


広大な土地、広大な空間、豊富な資源などが、

そこで生活する人々の心身に影響を及ぼすのは容易に想像できる。


第三に開拓者精神。

アメリカの歴史は西部開拓の歴史といわれる。

未開の地を西へ西へ切り拓いていった。

一方ロシアはウラル山脈を越えカムチャツカ半島に至るまで、

アメリカ以上に広大なシベリアの地を東へ東へと開拓していった。

アメリカ人もロシア人もつい最近まで、そういう体験をしてきた。


その過程では未知との遭遇という

心躍るような体験が無数にあったに違いない。


開拓者には好奇心、冒険心、勇気といった要素。

今風にいえばベンチャースピリットの部分で、

アメリカ人とロシア人は際立ってすぐれていたのではないか。


そうだとすれば、逆に言えば、

ベンチャースピリットが生まれるためには若さ、

広い空間、未開の地といった要素が必要だという仮説も成り立つ。



宇宙開発で、アメリカとロシアが圧倒的に進んでいるのは、

未知なるものを希求する開拓者精神の延長ではないか。

この二国の宇宙開発競争はこれまで一貫して、

冷戦構造に基づいた軍事戦略のためと説明されてきた。


しかし、月面の石を採掘してきたり、

木星探査機を飛ばしたりすることに、

どんな軍事的メリットがあるのか。


また軍事的に絶対に必要なものなら、

なぜ他の先進国はもっと宇宙船を飛ばさないのか。
 

そう考えると、

アメリカとロシアの類似性、

領土と国民性といったものに思い至るのである。


以上、余談のまま終わる。
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